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(財)名古屋産業科学研究所研究部
巻 頭 論 文
高感度マイクロ磁気センサとセンシング研究の新展開
毛利 佳年雄 (上席研究員)

1.緒言

 平成20年度の名産研研究部の発足に伴って、新たに開設された研究部のホームページで研究員の研究情報を発信することになり、名誉教授の中で上席研究員として申請・採択された国の科学研究費で研究を実施している者が、第1報を執筆することになった。そこで本稿では、平成20年度に実施した2件の研究((独)科学技術振興機構(JST)「大学のシーズ研究を産業界につなぐしくみ」プログラム、および(独)学術振興会(JSPS)「科学研究費補助金、基盤研究(c)」)に関して、極簡単にポイントを報告する。ついでこれらの研究の基礎をなす著者の長年の高感度マイクロ磁気センサ創出の研究(アモルファス合金ワイヤ磁気インピーダンス効果素子(MIセンサ))1,2のポイントおよび極最近のピコテスラ分解能超高感度マイクロ磁気センサ(pT-MIセンサ3の基礎とバイオ・環境磁気センシング応用の面白いトピックスを紹介する。

2.平成20年度科学研究費実施の報告

 平成206月から、JSTイノベーションプラザ東海(名古屋市南区阿原町)のビル内に名産研名南研究室が設置され、上席研究員の研究実施場所が確保された。筆者は、土曜、日曜も一人実験室に篭り、名古屋大学の現役時代とは異なり、雑用で中断されることなく実験に集中することができた。このため半年間で十分な成果が上がり、研究部初の特許申請も行った。

 2-1 JSTつなぐしくみ課題「鋼製凶器の選択的検出形防犯ゲートの開発」

 名誉教授は、大学院生に学会発表と論文を書かせる義務から解放され、論文作成・採択を気にすることなく、直接社会に役立つ研究(社会還元型研究)に集中することができる。本課題は、わが国が先進国入りして社会が複雑化し刃物殺傷事件が多発する中で、鋼製凶器を選択的に検出するゲートがまだ社会に存在しないことに疑問を感じ、社会の安全・安心のために開発を思い立ったものである。現存のものは、空港旅客検査ゲートが典型例であるがすべて「金属探知器」である。これは数百kHzの高周波電流をコイルに通電しその発生磁界が金属(導電体)に印加されると、金属内に誘導された「渦電流」によって反磁界が発生し、コイルのインダクタンスが減少することを利用して金属を感知するものである(渦電流センサの原理)。このため、鋼製凶器だけでなく、携帯電話機や鍵束、腕時計、貨幣コインなどの凶器でない安全小物類まですべての金属を検出してしまうので、旅客はトレイの中にパスポートはじめ安全小物類をすべて入れさせられ、空港内の混雑が定常化している。

 「防犯ゲート」は、凶器携行者に検査を察知されずに、気がつかない状態で凶器のみを感知するものが必要である。

 本課題は、渦電流センサの原理と異なり、鋼製凶器特有の磁気特性に着目して、磁気式凶器選択検出防犯ゲートの実現を目指した。幸い、著者は1993年にアモルファス合金ワイヤを発見、1997年にCMOSディジタル回路による高感度マイクロ磁気センサ(MIセンサと命名)を発明したことにより、JSTの委託開発制度で愛知製鋼(株)が実用化し、2005年からその集積回路チップが携帯電話に量産されるに至っている。つまり、このMIセンサをアレイ状に配置すればよいことになる。

 しかし、実用に耐える研究開発は、そんなに甘いものではない。まず、凶器の残留磁気を検出するタイプの防犯ゲートを構成してみたところ、すぐに重大な欠陥が2点判明した。点は、携帯電話(内蔵微小磁石の磁気)を検出してしまうこと。もう1点は、店頭販売の包丁類は残留磁気がほぼ零のものが多く、残留磁気検出方式では検出されない問題である。これらの問題は、応用磁気研究者にとっては原理的に容易に解決できるものである。原理的には、コイルで空間に数エルステッド(Oe)振幅の超低周波磁界を発生させ、その中で鋼製凶器の交流磁化による磁極磁界をMIセンサで検出すればよいはずである。携帯電話機の中の高性能磁石(NdFeB)は保磁力が数キロOeあるので、数Oeの磁界には反応しない。ここまでは「科学」のレベルである。ところが、実用に近いゲート形状にこの磁界発生コイルとMIセンサをコンパクトに配置すると、この数Oeの空間磁界はMIセンサにとって巨大な外乱磁界になってしまう。この問題の解決は「技術」のレベルである。そこで数か月、種々のコイル枠の工作、種々のコイル成形、磁界波形の発生等を試みた結果、図1のゲート片側が誕生した。

鋼製凶器選択的検出方式防犯ゲート
図1 鋼製凶器選択的検出方式防犯ゲート

 図1のゲートの特長は、① 電源周波数(60Hz)のコイル電流0.5A程度で、ゲート面から約40cm離れた個所の凶器も検出、② MIセンサの強い指向性をコイル磁界発生磁力線に直交させ、凶器の磁極磁界のみを検出、③ ユニットコイルを5個組み合わせ、被検出者が水平移動することにより、空間磁界の方向を3軸方向で変化させたことと等価になり、凶器の向きによらず検出する、④ ユニットコイルとMIセンサの組み合わせがセンサユニットであるため、ゲートの構成が量産向きである、などが挙げられる。(構成と動作性能は、特許公開公報(特願2009043736 鋼製凶器の選択的探知器)を参照されたい。問い合わせは、中部TLO ozawa☆nisri.jp(スパムメール対策のため、☆を@に変えてください。) へ)

 本ゲートシステムは、小学校や郵便局、銀行、オフィス、イベント会場入り口などへの設置、駅改札口、繁華街入口などに簡便に設置可能である。

2-2 MIセンサとPRML信号処理による記録磁気情報の非接触検出に関する研究
  (科学研究費補助金平成20,21,22年度基盤研究(C))

 現在、情報を記録する媒体は、フェライト粉末を塗布した磁気記録媒体が最も安価で最も広く普及している。その中で市民生活に密着しているものは、ATM現金自動預け・支払い機、自動販売機、自動改札機(最近ICカードも現れた)、交通定期磁気カードなどがあるが、保守費用が問題となっている。駅の自動改札機の保守点検作業風景でお馴染みの件である。この原因は、記録媒体のパターン磁気(着磁)を低感度の磁気センサ(磁気ヘッド;パーマロイ合金ヘッドや磁気抵抗(MR)効果センサ)を、記録媒体(紙、プラスチック)に摺動させて読み取るため、次第に磨り減ってセンサとのギャップが生じ、読み取り感度が低下するために定期的に交換するものである。また、紙幣読み取りの場合、皺くちゃの紙幣が磁気ヘッド部のスリットに詰まって、読み取り機械が停止するトラブルが度々発生している。

 そこで、問題解決の第一歩は、高感度の磁気センサを使用しセンサと記録媒体を僅かに離して接触させないこと(非接触読み取り)である。これには愛知製鋼(株)の高感度マイクロ磁気センサ(MIセンサ)が使用できるので、解決可能である。しかし、単純に高感度磁気センサを非接触で用いると、高密度記録磁気が空間に拡散分布するため読み取り精度が劣化する。すなわち高感度であるが高精度ではないので、成功しない。一方、PCとともに信号技術研究が発展し、不完全な信号から現信号を推定することが出来るようになった。地元の豊田工業大学三田誠一教授は、日立中央研究所以来のPRML(Partial Response Maximum Likelihood)信号処理の専門研究者であり、超高密度磁気ディスクの再生技術で著名であるので、共同研究をスタートさせた。

 本年度は、プラザ東海研究室に鉄道の自動改札機(オムロン(株)製、日本では大阪梅田の阪急電鉄が第1号)の切符搬送機部分(ハンドラー)を購入・設置し、高密度実装型の高感度・高速応答アモルファスワイヤMIセンサを用いて、テスト切符の磁気読み取り実験を試みた。ハンドラーは、端部に300ワットの直流モータを設置し、切符搬送ベルトを秒速2.2mで駆動しているので、その発生磁気ノイズの少ない箇所にセンサを設置する必要がある。また、最近の鉄道磁気切符は記録列が8チャンネルあり、1チャンネルは128ビット、着磁間隔は100ミクロンで高密度記録方式であり、センサヘッドの設置は慎重を要する。また、非接触検出磁気分布波形は、一般に記録チャンネル方向に正弦波となるので、このアナログ波形をコンパレータ電子回路でパルス波形(ディジタル波形)に変換して、情報検出をすることになる。

 PCとともに電子計側機器も大きく発展し、以前は高額で大型であったディジタルストレージオシロスコープは、低価格・小型・高機能化し、名誉教授としては特に助手を必要とせず一人で実験を進めることができる時代になっていることを実感している。

 約半年の集中的な実験の結果、以下のような成果を得た。

(1)アモルファスワイヤ(20μm径、1mm長、FeCoSiB零磁歪、張力アニール材;ユニチカ(株)製)CMOS高密度実装型MIセンサを、既設のパーマロイ磁気ヘッドの近く(駆動モータの発生磁気ノイズがmG以下)に設置し、アモルファスワイヤの角度を切符面から約45°に設置して磁気切符から約0.2 mmの非接触検出を行った結果、着磁チャンネル方向に対して磁気分布が三角波となることを見出した。

(2)この磁気三角波(定速走行で時間関数)を簡単なアナログCR微分回路により、コンパレータなしで方形パルス波に変換することができ、特段の信号処理なしで記録情報のディジタル処理を行うことができた。

 図2は、MIセンサによるテスト鉄道切符の非接触磁気読み取り波形である。(a)は上段が直接読み出しアナログ三角波電圧波形であり、低密度記録域の電圧の振幅は2倍密度記録域の電圧の2倍程度出ている。しかし勾配はほぼ一定である。下段は、上段の電圧をアナログ微分回路を通した波形であり、パルス電圧の大きさはほぼ一定になる。

(b)は、上段がパーマロイ磁気ヘッドによる圧接触読み出し波形の128ビットディジタル化パルス列である。下段は、(a)下段の128ビットアナログパルス列である。MIセンサによれば、非接触読み出しとともに、アナログ段階で切符情報のディジタル読み取りが可能であることが分かった(文部科学省平成20年度成果報告書)。

非接触磁気読み取り波形
(a)
非接触磁気読み取り波形
(b)
図2 アモルファスワイヤCMOS MIセンサによる鉄道磁気切符の非接触検出例

3.センサとはなにか。超高感度磁気センサで見えてくること。

 2001年に、世界最大の学会である米国電気電子連合学会(IEEE)ではセンサカウンシルを発足させた。超高感度の多種多様なマイクロセンサを創出し、地球規模で環境と調和する科学技術の発展のキーテクノロジーとなることを指向している。実際に生物生態環境系を把握するためには、現在のセンサ類の感度は絶対的に不足している。

 センサの研究の呼びかけは、1940年代にサイバネティックス(生物と機械の情報と制御)の提唱者のノーバート・ウィーナーや情報理論創出(1949)のクロード・シャンノンらが情報を定義した時点で示唆されている。すなわち、「情報とは、生物や機械がその感覚器(センサ)を通して外界とやりとりするもののすべて」の定義から、「センサとは、生物や機械が外界と情報をやり取りする器官」ということになり、センサと情報のやりとりは一体となっていることがわかる。生物にとっての情報は、まず日常的に生きて行くための行動決定のために必要なあらゆる刺激と知識である。最近の身近なものは、気象衛星による気象情報、カーナビゲーションや携帯電話による歩行ナビゲーション、上述の交通自動改札やATMなどのシステムである。

 しかし、これらのシステムは、人工の信号や環境の大域的概観や目に見える輪郭のなどの荒っぽい情報を対象としており、個人の身の回りの生物が発する気配や環境の情報、自身の生理機能の状態などのきめ細かな情報などをモニタリングできるレベルのものではない。これらの高度のセンシングシステムは、高齢社会においては高齢ドライバーの体調異変をクルマが察知して危険を自動回避する場合など、その必要性が急速に増している。

 このようなセンサの発展方向を鑑み、筆者はこのほど超高感度のマイクロ磁気センサである「ピコテスラ分解能磁気インピーダンスセンサ効果形磁気センサ(pT-MIセンサ)」3を開発した。ピコテスラ(pT:MKS単位をベースにした国際標準単位SIのテスラ(T)の10のマイナス12乗;CGS単位のガウス(G)で表すと10ナノガウス(nG))は、地磁気約0.5Gの5千万分の1の超微弱磁気の大きさである。このセンサを使用すれば、生物が発すると予想されるナノテスラ(nT=10μG)オーダーの磁気を安定に検出することができ、生物機能の理解が飛躍的に向上する。アイチマイクロインティジェント(株)で試作したpT-MIセンサは、幅2cm、長さ10cmの電子回路基板に、張力熱処理を施した30μm径零磁歪アモルファスワイヤを多数回巻きコイル内に設置したMI素子および高精度電子部品を手作りでマウントしたもので、重量が約20grのポケッタブルセンサである。従来のpTレベル磁気センサである超伝導量子干渉デバイス(SQUID)が液体ヘリウム(4K)冷却システムおよびSQUIDの動作保持のための磁気シールドボックス(ルーム)が必要な大型高価装置であることに比べると、磁気シールドの不要な掌サイズのusabilityの高いセンサである。

 図3は、このアモルファスワイヤCMOS形pT-MIセンサを用いた人の背骨(脊髄)から発生する生体磁気の検出例である。振幅は10nT程度、測定時間は10秒である。上部は両目を開けた場合、下部は閉じた場合である。開眼でFFT周波数スペクトルのβ波(14~40Hz)が増加、閉眼でθ波(4~7Hz)、α波(8~13Hz)が増加するので、脳の覚醒レベルを反映している。測定は簡単であり、椅子に着座した被験者は衣服を着たまま背骨の箇所にセンサヘッドを軽く接触させて安静にするだけである。脊髄神経信号は、現代都市ストレス生活や高齢社会で多発している「うつ病」、「不安症」、「運動機能障害」などの診断信号として注目されており、そのセンサ開発が急がれている。

写真
脊髄磁気検出例
図3 脊髄磁気検出例

 また、PT-MIセンサを用いると、亀の心拍信号(8歳石亀、体重950グラムで約5Hz)や樹木(松、竹、梅、銀杏、桜など)の生体信号がnTの大きさの磁気として 検出されている。

 pT-MIセンサはユビキタス形超高感度磁気センサであり、我々はこれから、人および多種多様な動物植物の生体機能に関する新たな多くの知見を得ていくことになる。とともに、新規な電磁波である生体電磁波の諸相を計測しつつ、その実体の解明に挑戦できることになると思われる。

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